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正しき時

全てには正しき時というのがある。

起こる出来事は必然であり、
全ては全宇宙の計画に則っている。

しかし、マーヤの影響下では
この真実を理解する事は出来ない。

マーヤという霧が晴れると
我々はこの計画の部分を垣間見る。

その経験さえあれば
疑いようの無い事実となる。

人は死の間際
人生を走馬灯のように見ると良く言われる。

私もこの経験をしたことがある。
人生が逆回しで再生される。

すると、起こった出来事、
人々との出会い。

それらが必然であったことを
自動的に理解する。

人が死に際にこの体験をするのは、
自らの人生を清算し旅立つ為の悟りだ。

もしこの体験が起こらなかったら
私達は自らの人生に納得できず彷徨う羽目になる。

だからこそ、ほとんどの場合
この経験が起こり、

自らの人生が計画であることを悟り
自己への執着を手放すことが出来るのだ。

全ての人の最後に起こること。
それはみこころの体験だ。

これは、全ての人に起こる。 
但しマーヤで眼がくもっているとそれを認識できないかもしれない。

だから、準備をしておく事。
この体験がいつ起こっても良い様に。

それは、マーヤを取り除き
絶対的なるものに心を寄り添わせることだ。

そうすれば、それは事実上の死、
もしくは擬似的死の経験によって明らかになるだろう。

マーヤが晴れて神秘の世界が眼の前に広がる時、
我々は全てが絶対的なる意志の力によって、

生かされていると

悟る。















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by mikokoro-org | 2017-09-11 23:55

月明かり

月明かりを浴びながら、
虫の声に耳を傾けていると、
調和が訪れてくる。

意識はどこまでも広がり
私と世界の境界線が消滅する。
驚きの唯一性が全宇宙を支配している。

この唯一性は如何なるマーヤとも無縁だ。

部屋の電気を点けたり消したりするように、
唯一性とマーヤは入れ替わる。
入れ替わると言っても入れ替わる訳ではない。

電気の点灯消灯によって
部屋が変わる訳ではない。
電気の有無に関わらず部屋はあるがままだ。

部屋は変わる事はないが、
明かりの有無は我々には影響を及ぼす。
これと同じ事だ。

唯一性は変わらない。
宇宙はあるがままだ。
唯、我々がマーヤなのだ。

我々の意識から光明が消え去れば
我々を支配するのは
暗闇というマーヤだ。

しかし、唯一性が無くなったわけではない。
唯、部屋の明かりが消えただけだ。
また点ければ良いだけの事である。

我々さえ望めば救いはすぐそこに在る。
間違った場所を探してもスイッチは見つからない。
正しいスイッチの場所。

それがマーヤに気づくことだ。
お金が降ってくること、病気が治る事、
それが救いでは無い。

救いとはその出来事が何を与えてくれたのかだ。
それが理解されれば、
とてつもない救いを経験出来る。

全ては輝きと共にあるのだから。
 












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by mikokoro-org | 2017-09-09 00:15

絶対的

絶対的なるものが存在し、
絶対であるという事だけが
全ての問題を解決する。

私達はその絶対的なるものを
知らぬが故に
日々混乱し彷徨う。

私達にとって問題なのは選択だ。
選択は人間に可能性を匂わせてくれる。
しかし、その選択こそが無知の元凶だ。

在るのは絶対的なものだ。
そして、絶対的は疑問を生まない。
もし未だ疑問が生まれるようならば
それは絶対では無い。

絶対は何の疑問も生まない。
それどころか、全ての疑問を解決する。

例えば、魚にとって海は絶対だ。
海を離れて存在することは出来ない。
魚は海に存在する魚であることを悟るしか無い。

そして全ての生命にとって酸素は絶対だ。
酸素の無い所に我々は存在出来ない。
仕事より、お金より、そして食べ物より、
何よりも重要なのが酸素だ。
何故ならば、酸素がなければ我々は数分も持たない。

そんな地球上の存在の我々は、
ここでしか生きられない宿命がある。
ここから逃れることは出来ない。

しかし、逃れる道は在る。

それが、絶対的なるものを知ることだ。

海より、酸素より、さらに
絶対的なもの。

そのただひとつの答えを知るならば、
我々はあるがままに生きる事ができる。
何故ならば、

生とは絶対的なるものによって
存在するものであって、
絶対的であるとは、
絶対であるが故に、
我々の存在もまた
絶対であると理解されるからだ。

この謎が解ければ、
我々はこの牢獄から解放されることになる。









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by mikokoro-org | 2017-09-08 00:14

見ている世界

あなたが見ている世界は

あなたの現時点での力量によるものであって

見ている通りのものが世界では無い。

世界には何通りもの見方があり、

学びと経験によって

その見え方は変化して行く。




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by mikokoro-org | 2017-09-06 17:05

どうでも良くないというのは

投げやりな意味では無く

全てどうでも良いと思えるようになったら

マーヤが無くなってきている印だ。

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by mikokoro-org | 2017-09-06 17:04

ドライブ

長いドライブをしていると、
それはやって来た。

油が水面に一気に広がるように、
意識は広がり360度の視界となった。

海を見下ろす九十九折を軽快に走りながら、
意識と景色は広がり続けた。
 
雨によって洗い流された空気は澄み渡り
この意識と同調し全てが立体的になった。

くっきりとした山の輪郭。
木々の躍動感。

この意識のもとでは全ては平衡だ。

為すべき事は為すべき時に行われる。
全てに正しい時というのがあり、
為すべき時でない時に為す事は出来ない。

あらゆる行為、行動は必然であり、
我々は常に正しく機能している。

出来なかった事を数える必要はない。
それは始めから出来なかったのだから。

出来た事。
起こった事の意味を正しく知ろう。

そうすれば、我々の背後で常にただひとり、
行為をしている者を見つける事ができる。

それが答えだ。

気がつくと、あれだけ降っていた雨は止み、
青空が広がっていた。
そして神々しい夕焼けが
その存在を主張しているかのようだった。



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by mikokoro-org | 2017-09-04 17:41

祈り

祈りは偉大だ。
しかし、残念な事に現代人は祈りを重視しない。

何故、人は祈りを無駄だと思うのか。

それは、かつて挫折を経験しているからだろう。

何故、人は祈りに挫折をするのだろう。
それは、自分の事ばかり祈るからだ。

祈りとは、他者の為に捧げられなくては意味が無い。
人の為に祈ってこそ、祈りの真の力を知る。

人間は複雑で難しい事を好む。
この日本に在って自己探求の道を志す者は
瞑想や修道法など難しい事をやりたがる。

しかし、実際に奇跡を起こすのは祈りの力だ。
そこにはテクニックも作法も無い。

必要なのは心からの祈りだ。
全ての生きとし生けるもの達、
この世界が平和で愛に満たされるようにという
心からの願いだ。

この他者への愛のこもった祈りが
私達を解放へと導く。

自分が望むものを手放す事が
望むものを手に入れる1番の近道だ。

だから、自分の為に祈るのでは無く、
他者の為に祈る事。

それが出来れば、
気付いた時、

自分が求めていたものが
自分のものになっていたということに
気付くであろう。

奇跡は常に目の前で常に起こっているのだから。






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by mikokoro-org | 2017-09-04 00:17

終焉

苦しみの中で神に救いを求めるのは

探求の始まり。

喜びの中で神に感謝をするのは

その道が順調な証。

しかるに、愛と歓喜が全てを支配するのは

道の終わり。



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by mikokoro-org | 2017-09-03 23:54

人の縁は巡り来る。

人の縁は巡り来る。

全ては必然であり、

出会うべき人が出会うべき時に約束の地で巡り会う。

より縁も悪い縁もしかり。

この出会いのひとつひとつが人生であり

私達に知るべき事を与えてくれる。

全ては完璧なのだ。





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by mikokoro-org | 2017-09-03 11:38

宇宙の母

宇宙の母は

全女性に自らの存在を示している。

それが母性である。

愛しさが溢れるのは

母の愛に他ならない。

私達は母の愛と共に在る。

それは損なわれる事なく

常に私達と共に在る。

輝きに満ちて。
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by mikokoro-org | 2017-09-01 01:01