2017年 09月 11日 ( 1 )

正しき時

全てには正しき時というのがある。

起こる出来事は必然であり、
全ては全宇宙の計画に則っている。

しかし、マーヤの影響下では
この真実を理解する事は出来ない。

マーヤという霧が晴れると
我々はこの計画の部分を垣間見る。

その経験さえあれば
疑いようの無い事実となる。

人は死の間際
人生を走馬灯のように見ると良く言われる。

私もこの経験をしたことがある。
人生が逆回しで再生される。

すると、起こった出来事、
人々との出会い。

それらが必然であったことを
自動的に理解する。

人が死に際にこの体験をするのは、
自らの人生を清算し旅立つ為の悟りだ。

もしこの体験が起こらなかったら
私達は自らの人生に納得できず彷徨う羽目になる。

だからこそ、ほとんどの場合
この経験が起こり、

自らの人生が計画であることを悟り
自己への執着を手放すことが出来るのだ。

全ての人の最後に起こること。
それはみこころの体験だ。

これは、全ての人に起こる。 
但しマーヤで眼がくもっているとそれを認識できないかもしれない。

だから、準備をしておく事。
この体験がいつ起こっても良い様に。

それは、マーヤを取り除き
絶対的なるものに心を寄り添わせることだ。

そうすれば、それは事実上の死、
もしくは擬似的死の経験によって明らかになるだろう。

マーヤが晴れて神秘の世界が眼の前に広がる時、
我々は全てが絶対的なる意志の力によって、

生かされていると

悟る。















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by mikokoro-org | 2017-09-11 23:55