2013年 10月 19日 ( 1 )

ラーマクリシュナの教え

ラーマクリシュナの教えの特徴的なところは、バクティとジュニャーナ、そしてタントラの教えがミックスされていることです。
ほとんどのグルの場合、バクティならバクティ。ジュニャーナならジュニャーナ。ないしは、そのどちらの態度も取らず、その場の状況に応じて臨機応変に対応するのが普通ですが、ラーマクリシュナの場合は、これらの教えがそれぞれ、明確に分かれていながらにして、融合していることです。
本来、ジュニャーナとバクティは水と油のように相交わることがありません。かたや一元論であり、かたや二元論ですから、当然です。
しかし、ラーマクリシュナの場合はこれら交わりようのないふたつの教えをタントラで見事に解決しました。
ジュニャーナは智慧であり父であり、男性原理です。また、バクティは愛であり、母であり女性原理です。
この男性原理と女性原理を合一させることがタントラの教えの目的です。そして、その状態をチベットでは歓喜仏という姿で表現してきました。ヤブユムと言いますが、この男尊と女尊が合体する姿は、タントラはあらゆる相反するものをひとつに結び、その結合から生じた真理はどちらか片方だけでは成立しないという事を私達に教えてくれています。どちらかを否定するのでは無く、その両方が存在することで、全ては成り立っているということが、教えの核心です。タントラは二元論的なアプローチですが、実は、一元論と二元論という対立をも融合させる強力な力があります。
一元論者は一元論を説きますが、それに対して論争をしかけてくる二元論者がいます。ということは、この時点で、一元論は一元論ではなく、二元論になります。なぜならば、相反する教えが相対的に存在しているからです。しかし、その相反する教えが存在しているからこそ、一元論は一元論としてこの世界に存在出来るということも見逃せません。よって、一元論も相対や世界に在る教えであり、それがまた一元論のジレンマです。
そして、そのジレンマを解決してくれるのがまさにタントラなのです。
タントラは謎が多く、誤解を生み続けてきましたが、正にラーマクリシュナがタントラの真の意味を私達に伝えてくれているのだと思います。
そういう意味で、ラーマクリシュナの教えは、インド思想の問題点を解決した画期的な教えであると考えられます。
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by mikokoro-org | 2013-10-19 21:12