宇宙の臨在

夜、研ぎ澄まされた意識と共にあると、
それは、すぐそこに存在していた。
それは、我々の理解を遥かに超えた存在として、
かつ認識されるものとして、そこに存在していた。

我々が意識を持った存在であるように、
この宇宙にも大いなる意識が存在している。

我々は犬や猫の意識はなんとなくわかっても、
植物や虫の意識を理解する事は難しい。
宇宙には我々の理解が及ばない領域が存在している。

これは我々の普段の意識では到底理解し得ず、
マーヤを超えた先にしか存在しない答えである。

例えぱ数学でも、
解答できない問題に答えが無い訳ではない。
問題の解き方が解らないだけである。

同じように、我々はこの宇宙の意識の見つけ方が解らないだけである。
正しくこの難問に向き合うならば、
答えは必ず明らかになる。

何故ならば、
かつてこの難問に向き合って答えを出せなかった人間はいないからである。

良い例が、
この難問に答えはある。しかし、私にこれを解く知力が無い。と悟るとすると、その答えによって、答えが明らかとなる。
なぜならば、結局の所、求めていたのは人生の答えだからである。
この様な形で真理に到達した者は数えきれない。

我々はただ、解き方が解らないだけなのだ。

夜、耳を澄まして沈黙の宇宙に耳を傾けると、
絶対的な存在の臨在を感じる事ができるはずである。












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by mikokoro-org | 2017-07-14 01:00