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人とは生きていても愛

死してもなお愛

人は愛故に生き

愛故に死んで行く

我々が経験すべき事は

愛以外何も無い

この宇宙には愛しか存在していない。


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by mikokoro-org | 2017-11-30 09:27

必然性

必然性に愛が加わると
みこころとなる。

ただ必然的なだけでは
人は救われない。

しかしみこころは人を救う。
そこには愛があるからである。

人間とはすべからく
愛を求める。

みこころに於ける愛は
究極の愛であり我々が求めるすべてがそこに在る。

ただ全てが決まっているというよりも
全ては神の愛によっている。

その愛が完璧である為には
必然性が無くてはならない。

神が完璧であるからこそ、
愛も、そして出来事も

完璧なのである。







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by mikokoro-org | 2017-11-28 00:30

夜の時間

夜の時間を1人で過ごしていると
それは訪れてくる。

その感覚を例えるなら
霧が立ち込めてくるようである。

しかし視界が悪くなるわけでは無い。
それどころか視界はよりクリアになる。

ただ、時間と空間が圧迫感を伴い
全体に漲っていくのである。

叡智の雫が天から降り注ぎ
頭脳は叡智によって満たされて行く。

愛は一切の駆け引きを行わず
無条件に降り注いでいる。

全てのあるべき姿が明らかになり
その完璧さが一切を支配している。

人生の真の喜びとは存在することである。
その答えと共にあることが

本当の歓喜である。

これは知るべき者によって
知られる宇宙の真理である。







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by mikokoro-org | 2017-11-23 23:56

みこころ

全てはみこころによって
完璧に計画されている。

全ての瞬間瞬間が完成された作品として
私達は経験している。

そんな味気の無い人生なんて面白くない。
そうほとんどの人が思うだろう。

私とて多分にもれず
そう思って生きてきた。

しかし、それを体験したなら
その考えは一瞬にして吹き飛ぶ。

人生の完璧さ。
これ程美しいものはこの世界に存在しない。

どの瞬間にも愛が溢れ
私達を愛おしく包み込んでいる。

みこころとは決して無味乾燥なものではない。

それは愛に溢れ温かく
これ以上のものが無い事を私達に教えてくれる。

ここに存在する事の喜びと
感謝を魂の底から経験する。

全ては完璧である。
全ては計り知れない程
愛おしい。








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by mikokoro-org | 2017-11-23 00:53

最後の呼気

人は誰でも

神を見る

最後の呼気と共に。



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by mikokoro-org | 2017-11-22 00:28

絶対者

この世界に相対関係にないものは無い。
全ては相対して存在している。

しかし、この相対世界に対する相対が存在している。
相対世界を有とするならば、
それは非有と呼ばれる。もしくは無と。

更には、それら有と非有をひっくるめた世界に対し
相対するものがある。

それは、有であり、また非有であるとともに
有でも無く非有でも無いものである。

これ以上相対するものは無く
全てはここにおいて完結する。

それが唯一と言われるものであり、
それは有も非有も超越する。

よって、それは絶対である。







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by mikokoro-org | 2017-11-15 00:12

今在る答え

ほとんどの修行法というのは未来を向いている。
しかし、私が説くマーヤ解きは過去に向かう。

成就という未来を向く限り
今を否定する事になる。

今を否定してしまったら
ここに在る真実在を見逃してしまう。

マーヤ解きはにおいて過去と向き合うのは
過去の誤った思い込みを修正することだ。

その誤った思い込みを修正出来れば

今、我々は神と共に在る事を経験できる。

答えは今ここにあるのだ。





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by mikokoro-org | 2017-11-14 00:56

真実

いくらあなたが神を知らなくても

もしくは嫌っていたとしても

神があなたに関わっていない事はない。

これは信じる信じないではなく

真実なのだ。

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by mikokoro-org | 2017-11-11 00:20

真実在

己を消す必要は無い。

はじめからそんなものは存在していなかった。

在ったのは真実在だけである。

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by mikokoro-org | 2017-11-10 01:06

マーヤに気付く

マーヤ解きの難しさは
今の自分の思考がマーヤである事に
気付けない事である。

ほとんどの人は自分の思考は
自分が行なっていると思い込んで来た為、
これがマーヤであるという事に気付けない。

例えるなら、お金がたんまりとある時に
突然の出費が出来ても気にはしない。
しかし、お金がない時なら悩む。

余裕があれば物事は俯瞰出来る。
しかし余裕がなければその出来事に
完全に持っていかれる。

これがマーヤというものだ。
私達に必要なのは出来事を余裕を持って
見る心の状態だ。

だから、まず自分の思考がおかしい事に
気付かなければならない。
そして、この思考がマーヤであると理解しなければならない。

まず出来るようになる事は
ここからである。
常に余裕のある思考をする事。

常に自分の思考を疑う事。
他人の思考を疑う事。
全てのマーヤ的脳が生み出す思考を信じない事である。

思考がマーヤである事が理解出来たなら、
次の段階に進む事が出来る。








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by mikokoro-org | 2017-11-09 00:07