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愛知

愛を知っているという事が

人間にとって最大の恩寵である。



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by mikokoro-org | 2017-10-31 23:29

唯一なる答え

我々の一歩一歩が我々を導き

我々の未来が過去となる時

答えは常に自らと共に在った事を悟る。

ただ答えのみが存在し

答え以外のものは何も存在しない。

それが唯一なる答えというものだ。

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by mikokoro-org | 2017-10-31 17:58

真の私

カルマとはプログラムである。
私達の人生はこのプログラム通りに展開する。

神とはプログラマーである。
私達の人生はこのプログラマーの思い通りに展開する。

私達の私という観念は無い。
私達が思っている私はプログラムの結果であって
それが有るわけではない。

しかしプログラムでは、
私が私と思うようにプログラムされているので、
私達はいとも簡単に私を受け入れてしまう。

結果、私達は私という観念を持ち、 
その私によって苦しめられるのである。

本来の私達が思っている私とは無く、
私達が知らない私が存在する。
その私を知る事が人生の目的となる。

その私こそが真の実在者であり、
私達の人生の答えである。









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by mikokoro-org | 2017-10-28 00:30

神様が居る事

人は 日常や雑事に追われていると
つい神様の事を忘れてしまう。

それでも良い。
夜、神様との対話の時間を持つ事。

それで感覚は元通りだ。

神様が居る事。

それが自分の意識を正常に保つ方法だ。

現代人はこの事を知らない。
もちろん試した事もない。
だからわかるわけもない。

私達の意識を正常に保つのは
神様の意識であるという事を試してほしい。

自らの意識の中に神様が居ることによって
私達人間は正しく機能するのである。

しかし宗教が紛争の元だと人々は言う。
全くその通りである。

しかし、問題は神様なのでは無く、
その宗教は思想だということである。

いくら神様を軸にした思想であったとしても
それがいくら非の打ち所のない哲学であっても

思想に取り憑かれている内は
神様は居ないも同然である。

神は思想の中にあるのでは無く、
思想を超越した所に在るのである。

神は全てを

超越しているのだから。









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by mikokoro-org | 2017-10-27 00:12

繰り返し

我々は起こる出来事を

始めて経験するかの様に経験する。

しかし、全ては既に起こっている。

そればかりか何度も繰り返し起こっている。

この宇宙はループしている。

全てはただひたすら繰り返されている。


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by mikokoro-org | 2017-10-27 00:05

絶対者

絶対的なものに取って代わるマーヤが在る。
絶対的なものは絶対的で在るがゆえに
答えであり結論である。

が、しかし、絶対的で無いものが
絶対的であるかのように我々に思い込ませてしまう。
そういったマーヤがある。

例えば、神々や超越的な存在。
それらは我々よりも遥かに大きな力を有している。
それ故に我々はその力に魅了されてしまう。

もしくはその偉大さ故に
それらを信じてしまう。
方便としては間違っていない。

しかし、絶対的な真理という観点からすれば
それらはマーヤである。

それらは唯一に対する他であり、
その様な存在は無数に存在している。
そして、それらが他である限り結論にはなり得ない。

私達にとっての答えというものは
被造物の中にでは無く
創造者に求められなければならない。

創造者だけが持っている答えがあり、
その答えの恩寵に浴することによってのみ
我々の存在の答えは明かされるのだ。

例えば、親が私達を産んだ時
どういういきさつがあってどういう思いがあったのかを
兄弟に聞いたところで答えを知る事はできない。
それは親に聞くしか無い。

同じように私達の存在の答えを知るのは
創造者のみであって被造物ではない。

例え我々を超越する大きな存在であったとしても
それが唯一の源で無い限り
その答えが明かされる事は無い。

我々が見つめ続けなければならないのは
その源である。
唯一であり絶対的である

その存在から目を離してはならないのだ。













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by mikokoro-org | 2017-10-25 23:54

それ

私達はそれを持っている。

しかしそれを持っているという自覚が無い。

自覚が無ければそれは無いに等しい。

だからと言ってそれが無いわけでは無い。

私達はそれを持っている。

何故ならばそれが無い事は無いからだ。

それは常に私達と共に在る。

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by mikokoro-org | 2017-10-24 00:12

マーヤと時間

この世界には強力なマーヤの力が存在している。
簡単な理解だ。

例えば、水はあらゆる方向に流れる。
一定方向に流してやるには傾斜と道筋が必要だ。

同じようにこの世界は時間が支配している。
時間が一定方向に流れる為にマーヤが機能している。

本来の時間はあらゆる方向に向かっている。
それを我々が知る一方向に流れる様にするには
強力なマーヤの磁力を必要とする。

その磁力とはマーヤという絶対的無知である。
我々で言えば有るという認識と
固定化された思いだ。

人間は必ずこうあるべきだと考える。
こうあるべきだという考えはこの絶対的無知
によって生み出される。

しかし超常的意識を獲得することが出来れば
この呪縛は解き放つ事が出来る。

時間も無く、思いも無く。と、
固定化された認識を打ち壊し日常的思考を超越すると
マーヤが見えてくる。

マーヤは無いものである。が、
マーヤは有ると誤認させる作用を持っている。
よって、超常的意識によって見ることが出来なければ

マーヤは在り続ける。
そしてマーヤがある限り、
我々が見るものは全て逆さまなのである。

全てを超越し、マーヤが無くなった時、
我々は真実を目撃する。

そこには何も無い。
何も無いとはマーヤを前提とした思考に於いてである。

超越した意識から見ると
何も無いのでは無く
在るということが在るのである。







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by mikokoro-org | 2017-10-20 23:59

完璧

実は

あなたが見たいと思っているものは

既に見られている。

それがわからないのはマーヤがあるからだ。

全てははじめから完璧に存在しているのだ。





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by mikokoro-org | 2017-10-17 23:46

グル

凡ゆる出来事の背後には
常にみこころが流れている。

しかし、みこころを知ろうとしなければ
出来事はただ過ぎて行く。

人生から学ぶ心構えがあるならば
人生は沢山のことを教えてくれる。

みこころを前提としてとらえるならば
我々は叡智に満たされて行く。

人生とはひとりひとりに与えられた
自分だけのグルである。

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by mikokoro-org | 2017-10-16 23:39