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澤乃井ガーデンにて

もうかれこれ25年程前の事だ。
チベットのチャンドゥ・トゥルクという活仏と
私が当時暮らしていた京都で過ごす機会を得た。
数日の間私のマンションに滞在し
共にしこたま日本酒を飲んだ。
酔いがまわると活仏はマントラを唱えながら
至福を味わっていた。
その沈黙はとても心地良かった。

ある日、私達はお好み焼き屋で昼間から酒を飲み
その足で龍安寺に詣でた。
世界的に有名な石庭は活仏も良く知っていた。
そしてその石庭を見渡せる濡れ縁にどっしりと腰を下ろすと
ひとり静かな黙想に入った。
その威厳に満ちた圧倒的存在感は見知らぬ参拝者をも魅了した。
実に稀なる美しい光景であった。
修行の最中であった私は
活仏はこの静けさの中でいったい何を感じ、
何を想うのだろう。
それが知りたくて仕方がなかった。

それから25年という月日が流れた。
この秋にしか飲めないという限定の日本酒を
心地の良いガーデンで嗜む。
川面に輝く陽の光。
欅の葉の一枚一枚が煌めき
とても美しく、全てが、
唯、あるがままだった。

ふと、25年前のチャンドゥ・トゥルクを想い出す。
あの時知りたかった師の内的な世界が、
今、自分の目の前に広がっている。
唯、あるがままの世界。

宗教的世界、精神世界、
そんなものはどうでも良い唯のあるがまま。
師達は修行者の深刻さをいつも笑い飛ばしていた。
そこには深刻さとはかけ離れたくつろぎが存在していた。
全てが一体であり、愛に満ち溢れ
愛おしさが世界を包む唯のあるがまま。

唯普通であること。
なんと言う喜びだろうか。

世界は愛おしい。













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by mikokoro-org | 2017-09-29 23:36

聖霊

夜が深まる静かな時間。

聖霊の到来は意識を瞑想へと誘う。

瞑想はなんら企だてられる事なく自然に起こる。

本来の自分の本当の意識の状態がここに在る。

全てが目覚め、透徹している。

聖霊のひと触れは私達を無知から解放し

大いなる意識へと導く。

それは既にここに在る者でありながらも

やって来る者であり

頭脳で捉える事が出来ない者である。

全ては恩寵であり

その恩寵が全てを決める。

ひとたびこれを経験したならば

不滅という言葉の意味を悟るであろう。

これはそれを知るべき者によって知られる真理である。





















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by mikokoro-org | 2017-09-29 00:27

マーヤ

いかなる思想もマーヤであり得る。

ブッダは真理を説いたが
教団となったことでマーヤと成った。

キリストも然りだ。

乾いた空間に湿度が流れ込むように、
マーヤは凡ゆるところに流れ込んで来る。

マーヤは人の集まるところに
必然的に流れ込んで来るようになっているのだ。

人が沢山集まれば
それぞれ異なった考え方による不和が生じる。

その不和を解消する為に
信徒としていかに振る舞うかを細かく規定する。

いつしか、自己の解放の為に参加した集いは
手枷足枷となる。

人をコントロールしようとすれば
マーヤは必然的に生じる。

それに従う事もマーヤである。 

人と競争しても、
他人と自分を比較しても、
優劣も、
他人との関わりの何もかもがマーヤとなる。

本来人を救うべき宗教はマーヤとなり
我々を偏った思想に染めてしまう。

しかし、唯一純粋なこころでマーヤに惑わされることなく、
真理を愛した者だけはその中にあっても救済を得る。

自分自身のこころの内側にあってくつろぎ、
外の世界のマーヤから自由になり、
己の内に安らぐならば、
まばゆい真理に辿り着くだろう。

常に真理は自己と共に在るのだ。




















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by mikokoro-org | 2017-09-27 23:27

探求

会いたい人を探すには
熱意が必要だ。

その人に会いたいという切なる想いと
捜索を続けなければ想いを叶える事は出来ない。

同じ様に神を探すには
熱意が必要だ。

神に会いたいという切なる想いと
探求を続けなければ願いを叶える事は出来ない。

何事も為さねば成就はしない。
諦めてしまうならばそれは叶わぬ夢と終わる。

しかし、為す為のチャンスがあるならば、
探求をするべきだ。

私の探求は、ここが自分の居るべき場所では無い。
という感覚に苛まれる所から始まった。

自分が何者なのかを知っているからこそ
生じた混乱だ。

自分が何者で何をしなければいけないか。
それは幼少の頃から臨死体験のお陰でわかっていた。

ところが現実は私にとって全てが逆風だった。
どうすれば道が開かれるのか。

このまま、ここに居てはいけない。
ここでは無い。いつでもこんな感じである。

結果、私は十代から遊行する事になる。
自分の居場所を求めて…。

そして最終的には自分の居場所を絶対者の中に見出す。

どんな疑問にも答えは有り、
探求をするならば答えに近づく事が出来る。

私はこの事をよく知っている。
何故ならば私が見ているものは答えそのものだからである。

答えは答えてくれる。
全てに原因と結果があり、そこには知るべき答えがある。
求めるならば、その答えは疑問の中にすでに内包されている。と。

故に探求を諦めてはならない。
探求することだけが、答えへの道なのだから。

みこころは全てを完璧に導く。
必然的に。そしてドラマチックに!













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by mikokoro-org | 2017-09-26 00:42

星空

星空を見上げていると
深遠なる宇宙の神秘を垣間見る事が出来る。

我々は毎日日常の小さな事に
振り回されている。

しかし、星空を見上げると
そこには我々の日常を遥かに超えた力が存在している。

特に日本の様に便利な物に囲まれて暮らしていると、
客観性が失われてしまう。

この日常がリアルだと思い込んでしまうのだ。
全くもって不可思議だ。

本来のあり方から見れば、
この日本の日常の存在の方がよっぽどフィクショナルだ。

現代人は神秘の世界をフィクショナルだと思っている。
しかし、フィクショナルなのはこの日常の方だ。

こうしてマーヤは我々の認識を180度ひっくり返す。
舌を巻くほどの作り込みだ。

そうとも知らず我々はひたすら謀られ、
この日常を信じ込んで毎日を送っている。


星空を見上げその広大無辺な空間を感じるのだ。

そうしていると、
いつしかきっと
その力はあなたに接触して来るだろう。











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by mikokoro-org | 2017-09-25 23:54

観念

神を観念化してはならない。

それは我々の観念の中に居るのではない。

神の存在は我々の観念を完全に超越している。

それは実在者であり我々を真理へと導く。







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by mikokoro-org | 2017-09-25 00:06

未来

我々が存在する時間軸からすれば
未来は未だ起こっていない。

しかし、時間とは本来直線的なものでは無い。
過去も現在も未来も無いのだ。

我々からすれば起こっていない未来も
未来からすればそれは既に起こっている。

しかし三次元に縛られた我々に
それを知ることは出来ない。

未来は不確定では無い。
しかし、我々が思う確定がそこにあるわけでは無い。

我々の想像はあくまでも
現時点の想像し得る自己の能力の範囲だ。

確定されている未来とは
我々が思うより遥かに超絶的な理解である。

それは未来が決まっているかいないか。
どちらを好むのかというレベルの話では無い。

確定された未来には、
全ての人が求める自己の答えが隠されている。

その超越的結論の前では
我々は言葉を失う。

何故ならば、それを言葉で表現する事は
不可能だからだ。

しかし、それを敢えて言葉にするならば、
愛という言葉になるだろう。

全てはただ、愛の為に起こっている。

我々が未だ知る事も出来ない愛の為せる技なのだ。






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by mikokoro-org | 2017-09-23 00:17

ループ

山の麓のコンビニに立ち寄り

車から降りると

驚くほどの静けさが辺りを支配していた。

静けさは私達を瞑想へと引き込む。

ただ静けさに耳を澄ませば良い。

沈黙の音を聞く事で

心は自動的に沈黙へと導かれる。

外の騒音と心の騒音は連動している。

静けさに身を委ねる事で私達は沈黙に導かれる。 

都会にありながら瞑想を為すのは難しい。

外の騒音と心の騒音とをぶつけ合うことで

相殺するのは高度なタントラのテクニックだ。

静けさの中でただ聴けば良い。

静けさのハーモニーを…。


少し離れた場所に大木があり、

その木の下で午後の陽射しを楽しむ

老人達の姿が印象的だった。

この光景は何百年となく繰り返されている。

人間とは同じ事を繰り返すのだ。

そして地球も変わる事なく回り続けている。

宇宙はひたすらループしている。



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by mikokoro-org | 2017-09-22 00:39

ループ2

日が西に傾き
斜陽に山々は美しく輝く。

見事な木漏れ日のトンネルを
走り抜けながら峠を目指す。

峠付近では木々が少しずつ色付き
秋の到来を物語っていた。




































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by mikokoro-org | 2017-09-22 00:09

初秋

初秋の午後

ダウランドを聴きながら秋の陽射しを楽しむ。

リュートの調べは

深い記憶を呼び醒す。

黄金色に輝く陽射しと景色が

世界を絶妙なる美に染める。

この世界は美しい芸術に満ちている。

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by mikokoro-org | 2017-09-19 11:26