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無限ループ

夜風に当たり、
虫の声に耳を澄まし、
この宇宙に聞き耳をたてていると、
全てが共鳴してくる。

自然と自己がひとつのハーモニーを奏で、
宇宙が透き通って見えてくる。

澄み切ったこの意識の状態は
全てをあるがままに観る。

私はただの客観者となり、
繰り返される宇宙の展開を観る。

多くの人には理解出来ない、
説明しようの無い展開が無限に繰り返されている。

全てが目的を持った
ポジティヴなループを繰り返している。

本来はポジティヴでもネガティヴでもない。
しかし、何故我々にポジティヴに映るかと言えば、

我々の頭脳がマーヤ故に、
目的の無いネガティヴなループを繰り返しているからだ。

宇宙は我々に教えてくれる。
星の軌道が定められている様に
我々の軌道も定められているのだと。

無限に繰り返される宇宙には
叡智が満ちているのだ。















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by mikokoro-org | 2017-08-29 23:49

意図

実在者の意図が我々を、
そして宇宙を支配している。

私達にその意図を計り知る事は出来ない。
何故ならば、それは神の問題であって
我々の問題ではないからである。

我々の問題とは、
自己を知る事である。

神の計画を教えてもらう事は出来ない。
しかし、私達が関わる部分に於いて
その秘密は明かされる。
何故ならば、それは私達の問題だからである。

炎天下の砂漠を彷徨った私達に必要なのは
自分の喉の渇きを潤す程度の水であって、
その水源を全て手に入れる事ではない。

しかし、その水で喉を潤した時、
我々は水の存在の意味を悟る。

神の全てを知る必要はない。
自分と神の関わっている接点を見出せればそれで良い。

私達は自己の本質を悟り、
神の絶対的な存在を理解する。

それこそが神の私に対する
意図である。








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by mikokoro-org | 2017-08-29 23:37

実在者

様々な宗教が有り、
そこには様々な神が在る。

ふと我々は思う。

果たして私の信じている神は本物の神なのかと…。

心配する事は無い。
例え、万が一間違った神を信じていたとしても、
その背後には実在者は横たわっている。

それどころか、その誤った神を創ったのもそれである。

そこには神にしかわからない意図が存在している。
もちろんそれには意味が在る。

故に、自分に与えられたものを
迷う事なく信じれば良い。

それが例え現実的な使命であったとしても…

常に私達の存在の背後には絶対的なる
存在が遍在している。















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by mikokoro-org | 2017-08-29 00:51

秋の気配

虫の声が夏の終わりを告げている。

もう秋がそこまでやって来ている。

円熟した季節は1年の中で最も美しい。

全てを知り尽くしたこの季節は

叡智と美に満ち溢れている。


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by mikokoro-org | 2017-08-25 00:57

無限の意識

水を型にはめて凍らすと

氷になるように、

意識も私という型にはめられている。

水が本来形を持たず自由であるように

私達の意識も無限の広がりを持つ。

私達が今ここに縛り付けられているのは

そう思い込んでいるからだ。

私と…。

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by mikokoro-org | 2017-08-25 00:52

光源

三次元世界の光には光源があるが、

光明には光源が無い。

全てが光り輝いている。
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by mikokoro-org | 2017-08-24 12:49

必然的出来事

全ては必然的に用意されている。
これは、そう思うか思わないかの問題ではない。
思う事ではなく体験することである。

全てはその一瞬の体験で理解される。
そして、この瞬間の為に全てが用意されていたと
理解するのである。

辛かった事、苦しかった事。
あらゆる体験が全てこの一瞬の為に
用意されていたと悟る。

その目的の為に全ては在るのだ。
無駄な出来事などひとつも在りはしない。
全てはこの時の為に。

全ての出来事には理由が在る。

それを知った時、
全ては完璧となり、
全ては完成する。

人生に無駄な出来事など何ひとつ在りはしない。

全てはこの瞬間の為に…。


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by mikokoro-org | 2017-08-22 21:54

愛を知らない。

バクティ、神への愛とは?

愛とは、100パーセント純粋でなければならない。
50パーセントの愛などは存在しない。
愛に例え少しでも不純物が混ざれば、
それは最早愛では無くなる。

よって、神を愛するためには、
愛100パーセントにならなければならない。

恋人に例えて話すと、
あなたが恋人を愛する時、少しのイライラや不満、嫉妬などがあれば、愛は無くなり恋は冷めてしまう。
はじめの頃のあの愛は何処へ行ってしまったのだろう?
周りを見渡してみると、殆んどのカップルや夫婦は愛によって結ばれてはいない。もちろんそこには愛らしきものはある。
しかし、そもそも人は愛を知らない。
愛とはどういうものなのかということを知っている人は居ないのだ。
ただ愛らしきものを知っているに過ぎない。
故に、例え恋人同士であっても怒りや不満などは、無くしていかなければ、その恋は必ず終わる。
もし、この恋を大切に思うなら、ぶつかっていかなければならない。諦めてはいけない。こんなもんだと思って2日も3日も口をきかないなどあってはならない。
その場で解決するよう努めなければならない。
何にモヤモヤして、どんなマーヤに侵されてて、自分の何がいけないのか内省して、喧嘩の原因を明らかにしなければならない。
これをやり続けるなら、心に無知が蓄積することは無くなる。この蓄積がなければ、例えまた喧嘩をしても、簡単に解決できる。
ひとたび腹をたてると、あの時はこうだった。あの時もこうだった。と過去の恨み言が出てくるようでは、最早愛は失われている。
喧嘩の度に、ひとつひとつマーヤをといて、問題を解決していくならば、愛は失われない。

愛とは常に完璧でなければならない。
そこにはいかなる誤魔化しもあってはならない。
100パーセントの愛でなければ、愛ではないのだ。

自らを研ぎ澄ませ、自らの愛を一切の不純物から守り抜いた時、私達はかつて知りようもなかった愛を体験する。
言葉で語り尽くすことの出来ない、至福の境地が自己の内に目覚める。
その愛をもってして神を愛するのだ。
その愛を神に向けるのだ。

それが成し遂げられるなら、
愛する欲求も、愛される欲求も全て満たされる。

大半の人間の不幸とは、愛の欠如である。
誰かから、ないし、誰からも愛されていないという愛の満たされなさが不幸をもたらす。

それを人に求めて得られることは無い。
何故ならば、誰も愛を知らないからだ。

もし、誰かに愛されたければ、
愛を得て幸福になりたければ、
まず、私達自身が愛にならなければならない。
そうすれば、一切の全ての問題は解決する。

その為には、愛から不純物を取り除く事。
混じりっけの無い、純度100パーセントの愛になる事。













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by mikokoro-org | 2017-08-21 00:59

優れた修行法

最も優れた修行法とは。

愛を動機として

間断なく続けられる

神への祈り。


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by mikokoro-org | 2017-08-20 00:55

マーヤ

ヨーガやゾクチェン。

これらは定義不要だ。

いかに素晴らしい修行のシステムであろうとも、

それらを定義すれば、

全てはマーヤとなる。

悟る為の修行法がマーヤとなっているのだ。

宇宙のマハーマーヤ(母)のリーラ(遊戯)だ。

常にマーヤに気付いていること。

それが、マーヤのパラドックスを破る唯一の道。



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by mikokoro-org | 2017-08-20 00:42