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言葉の呪縛

夜が深まると言葉の無い時間が流れる。
そこには深い沈黙があり、
言葉を超えた言葉が存在する。
研ぎ澄まされた認識である。
この研ぎ澄まされた認識によって、
言葉無き言葉によって
宇宙は顕になる。

私達は言葉の世界に生きている。
人生とは言葉であると言っても過言ではない。
言葉によって解釈しないものはないからである。

そこに問題が生じる。
私達は自分の経験と情報、知識によって、
その言葉を理解する。

例えば、海という言葉を聞いた時、
私達は自分勝手に海をイメージする。
湘南の海しか知らない者、
ハワイの海。
沢山の海を知っている者。
漁港に暮らす者。
海の無い内陸に暮らす者。
これらは、全て異なったイメージで海を解釈する。

また、宗教という言葉はどうだろうか?
日本人はほぼ、
宗教に関して良いイメージを持っていない。
そうなると、本来宗教が持つ、
人々の心の救済が無くなってしまう。
そうすると、返って変なものが沢山出て来る。

私の様に様々な国で信仰を見て来た人間には、
普通の日本人とは異なった言葉のイメージがある。
愛、叡智、人生の解釈。
今の日本人が触れたことの無い世界観である。
この体験をすると、宗教の真の意味が理解できる。

信仰がある国に暮らす人々、
彼等は言葉には意味が無いと言う。
しかし、伝える為には言葉しか無いので、
それらを意味が有ると思っている私達以上に丁寧に扱う。

神も言葉である。
神とは、絶対的な真理を指し示す為に存在する言葉である。
しかし、ほとんどの人間に神の事はわからない。
そのわからない人間が神という言葉を東京湾にしてしまった。
世界の大半が海であるにも関わらずである。

よって、神という言葉は汚されてしまった。
もはや、神という言葉は神を指し示す言葉では無くなってしまった。
既に神という言葉によってそれを表現することは出来ない。

東京湾しか知らない人間に海と言っても東京湾しかイメージ出来ない様に、
神と言っても、それを知らない私達は誤った悪いイメージしか浮かばない。

私達は言葉に支配されている。
それを超えていかなければならないのだ。











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by mikokoro-org | 2017-04-28 00:53

宇宙の母

今宵も優しい時間が流れている。
今夜のそれは力強さというより、
優しさである。

あらゆるものを慈しみ包み込む愛である。
それは、とてつもなく優しい。
私達は本来、この愛に包まれているのである。

しかし、人生とは修行である。
それを見つける為に、私達は旅をする。
そして、それを見つける為にここに居る。
それ故に愛を見つける事は難しい。

しかし、それはいつも私達の傍らに存在している。

もし、あなたが愛に溢れているならば、
そこには大いなる真理が隠れている。

愛する心とは、
母の作用に違いないからである。

愛しいと感じること。
可愛いと感じること。
慈しみを感じること。

その対象がどうこうではない。

心がそれを感じる時、
そこには母の作用がある。

母とは愛するものだからである。
女性でも男性でも関係ない。

あなたが何かを愛しいと感じたら、
それは母の心であり、
あなたの内にそれが働いている証である。

母とは愛する者であり、
愛そのものである。









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by mikokoro-org | 2017-04-27 01:10

原因と結果

全てが静かに眠りにつく夜、
人々の想念は静まり返り、
躍動する宇宙の生命が顕になる。

まるで自らを誇示するかのように、
その力は辺りをすべて支配し圧倒する。

その力の前で私達の存在はかくも小さく、
その偉大さに抗うことはできない。
例え、私がそれそのものであったとしても…

この世界は因果の法則によって支配されている。
全ては原因と結果によってひたすら起こり続ける。

しかし、時間とは我々の理解を超えている。
超越的次元においては時間は逆行する。
時間が逆行すると、結果が原因となる。
常に真理においては結果に基づく。

原因によって結果が生ずるのではなく、
結果が原因を引き起こしているのである。

明鏡の意識はこれらを明らかにする。










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by mikokoro-org | 2017-04-23 01:03

躍動する命

宇宙は生命にあふれている。

この力は一切を生かす源である。

我々が心と体から成るように、
意識と命からなるように、

宇宙も意識と命からなる。


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by mikokoro-org | 2017-04-22 01:32

永遠不滅


永遠不滅!
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by mikokoro-org | 2017-04-14 01:42

夜の力

夜が更けてくると、瞑想は意識の扉を開き、
全ての知覚が解放される。
偉大なる宇宙の力が漲り、
創造の母の力が辺りを一面支配する。

それは既にそこにあったにもかかわらず、
その存在を誇示する。

多くの探求者は、
真理が有なのか無なのかで混乱している。
マスター達が異なった次元から述べた言葉に振り回されているからだ。

ここにはっきりとした答えが存在したいる。
真理とは在ることなのだと。

実にシンプルな事だ。
私達は、有るという世界を前提に生きている。
しかし、有ると言う事は在るということを見失わせてしまう。
これは脳のトリックによるものだ。

私達は生きていて、大切な人を失わなければ、
その大切さを知る事はない。
病気にならなければ、健康を知る事は無い。
お金の大切さも失って気づくものである。

農夫は凶作を体験するからこそ、豊作を喜ぶ。
食べ物が無かった時代を体験した人は食べ物を大切にしなさいと言う。
しかし、飽食の時代に生きる子ども達に、食べ物に感謝する事の意味はわからない。

人間というものは、無くならなければ知る事のない生き物なのである。

私達は修行の経験によって、無を体験する。
しかし、無の体験が重要なのでは無い。
無を体験することで、
有るということは、
在るという理解に変化する。

これこそが理解されなければならないことなのである。

絶対的な真理が存在する。
それはこの宇宙を生み出した生命の源である。
宇宙に漲り、私達を生かす力の源である。

そして、その力が凡ゆる時と場所に存在している。

今、私はその力の存在と共に在り、
皆も又、それと共に在る。

全ては完璧さの中で起こっているのである。

無というのは在る事を知る為にあるのであって、
無いという事が答えなのでは無い。















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by mikokoro-org | 2017-04-12 17:56