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ムラー・ナスレッディン

今月から勉強会で、トルコの伝説の聖人である、ムラー・ナスレッディンの逸話の解説を始めました。
ナスレッディンは冴え渡る頓知で、私達の条件付けというマーヤを気付かせてくれます。
その手法は、説明ではなく突き刺すような一発です。これは日本では禅、チベットではゾクチェンの伝統の中に見出される頓悟の叡智です。ただし、禅はその世界観特有なところもあり、一般人にはピントきませんし、ゾクチェンは秘密主義すぎてしまいます。
そんな中、ナスレッディンの頓知話しは一般社会の中で展開するストーリーなので、誰もがインスパイアされること間違いなしです。
勉強会でも、始めは皆さん鳩が豆鉄砲食らったような顔して聴いていましたが、少しづつ内容が明らかになってくると、マーヤが晴れていくような顔になっていました。
理解が、ワンテンポ遅れます。これは、ちょっと難解なオヤジギャグを聞いた時の反応と一緒です。しばし後に笑うという反応です。
オヤジギャグは頓悟する脳の働きに近いものがあり、私はよく使います。時間の流れを切断し、脳に一瞬空白を作り出すことができるので、思考が一瞬エンストします。
頓悟とは、このエンストによって生み出される叡智です。
さて、話しを戻すと、ナスレッディンは、この様な笑い話、ギャグを通して私達に既成概念や条件付けといったマーヤを取り除くことを教えてくれる、珍しく、かつ、最もダイレクトな手法を通して私達を導いてくれます。
兎角、深刻になりすぎてしまう修行の世界ですから、ナスレッディンのような聖人から学ぶということは私達にバランスを与えてくれます。
修行とは真剣に。しかし、深刻にならないように。というところです。
面白い話しが沢山ありますのでご期待下さい!
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by mikokoro-org | 2014-07-23 10:00

調和

車を走らせていると、
それは突然やって来た。

いつもながら、唐突である。

それは別なる意識であり、
かつ、私の意識である。

それは明らかに自分ではなく、
他の何かである。

しかし、それは私であり、
全てである。

それは躍動し、
透明で、静寂である。

それは、内側にも在り、
外側にも在る。

人間のあらゆる認識機能は、
全ての対象物を、
自分の内か外に分けて捉える。

しかし、唯一、それだけは
私の内と外という境界線を
超越している。

それは内と外に
同時に在り全体である。

山、海、木々、私。
全てがそれであった。
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by mikokoro-org | 2014-07-22 00:10

存在理由

愛とは
我々の存在理由である。

存在の動機は
愛より生じる。

愛が全ての始まりであり、
行き着く所である。

究極では、始まりは無い。

しかし、我々は産まれ、
ここに存在している。

存在と非存在。
その矛盾の答えは
愛の中に見出される。
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by mikokoro-org | 2014-07-19 16:46

管轄圏内

ラーマクリシュナ曰く
私達は、人格神の管轄圏外に出ることは出来ない。と。

被造物である私達は、
この肉体を持って存在している限り、
どこまで高く上り詰めたとしても、
それは人格神の管轄圏内であり、それを否定する事は出来ない。

真理があるとか無いとか、
神が存在しているとかしていないとか、論じる事は出来たとしても、
私達は依然その管轄圏内で、
ループしているに過ぎない。

大事なのは信念や思想ではない。
何よりも、それが存在している事こそが、結論である。
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by mikokoro-org | 2014-07-13 11:38

ラマ

仏教では、仏法僧という三宝に帰依することを三帰依と言い、信者として基本の原則です。
仏法僧とは、文字通り仏、法、僧に対して帰依を行い、道に従うことを誓うものですが、チベットでは、これにラマ(師)を加えて、四帰依になります。(師、仏、法、僧)
特に、帰依の中でも一番に来るのは師です。何故かというと、いくらブッダが偉大であったにせよ、師がいなければ教えが伝達されることは無いというのがその根拠です。
よって、チベットでは何よりもまず先に、ラマへの帰依が重要であると考える訳です。
この様な風習が、ラマ教という誤った名称を生み出してしまったのですが、チベットの仏教は、ラマ教では無く、チベット仏教が正しい名称です。アメリカのネイティブピープルが、インディアンと間違った呼ばれ方をしているのと同じです。インディアンはインド人のことです。
師がいかに重要であるかということは明白です。これは師に従い、道を成し遂げた人間ならば、誰もが理解していることです。
先日ある方から、友達に接するように師に接するというのは如何なものですか?
と、質問されました。最近では、そういう考え方があるらしいのですが、それは間違ってはいませんが、間違っているとも言えます。師への接し方というのは、接する側の人間性の問題なので、友達として接することが出来る資質の持ち主もいれば、その資質を持ち合わせていない人もいます。
素直で、謙虚で真っ直ぐな心の持ち主なら、師を友達のように接しても、問題は起こりません。しかし、へそ曲がりの人間がそのように考えるということは危険な事です。ちょっとひねくれた人間には、師への徹底的な帰依を通して心を真っ直ぐにするという訓練をしなければなりません。
この場合、絶対的な師弟の関係は弟子の精神を確実に成長に導きます。
しかし、もし弟子が目覚めを得た後ならば、師弟の関係は間違いなく、友となることは明白です。
よって、師を友達と捉えるということは、悟りの後の話なので、未だ悟りを得ていない者は、伝統的な師弟の関係に従うのが賢明だと私は考えます。

中々、師弟の関係を得る機会を得ることは難しいかもしれませんが、これ以上の恩寵はありませんので、その機会を得られる努力をする事が肝心です。
チベットでは、師を得るまでに9年かかると言われています。
実際に私は、探求を始めてからピッタリ9年目で、根本の師を得る事が出来ました。
筋書き通りになっている訳ですが、それにしても様々な自分の段階に合わせて、その都度素晴らしい師に出会えてきたことを、私は感謝せずにはいられません。
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by mikokoro-org | 2014-07-09 10:42 | 我が師

愛の道標

愛の話が続くところで、ひとつ思い出噺を。
私が我が師、ミンリン・ティチンと出会ったのは私がまだ20歳の頃でした。当時はサキャ寺で修行していたのですが、サキャ寺の仲の良かったお坊さんの縁で、ミンリン・ティチン師と会う事ができました。以来、10年間に渡って師事させてもらえることが出来ました。26歳の時からは、3年間に渡って南伝のゾクチェンを学びました。
毎朝10時に師の部屋に赴き、1〜2時間に渡って教えの伝授と、前日の修行の問答が行われました。
こんな学習が3年間続きましたが、伝授も終わり、日本に戻る際に起こった出来事は、今だに忘れる事ができません。
当然、私は翌年も戻るつもりでいましたし、実際に飛行機のチケットも買って準備していました。しかし、神様のいたずらで、出発の数日前にキャンセルになってしまいました。それ以来、私はインドを訪れておりません。
もちろん、師の最期も後から知ったほどです。
師を心から敬愛しているのにもかかわらず、現実的な行動には一切出ることが出来ないというのも、定めであり致し方ないということは、今ではよくわかります。

私が師の元を去る日、師を訪問すると、師は私を全く見ることなく読めないはずの英語の雑誌をひたすら読むふりをしていました。私はひたすら、師の次女と話していました。子供の様に目をクリクリさせながら嬉しそうに笑う師しか見たことがなかったので、この明らかにおかしな態度に私は混乱していました。
しかし、自分でも、これが師との今生の別なのでは?という不安を感じていたこともあり、心は絶望感に完全に支配されてしまいました。
そんな中、いよいよお暇という頃に師は手にしていた雑誌を横に投げると、私の目を凝視し、近くに寄れと手招きしました。私は近づき平頭すると、師は渾身の力を込めて背中に強烈な一撃を食らわせました!近くにいた娘も、初めて見る光景に、思わず驚きの声が出てしまったほどでした。
その一撃は背中を貫き魂に突き刺さりました。肺から空気が抜けるとともに、頭は真っ白にな状態になり、完全なる静寂が支配しました。
まさにその一瞬、全ては完璧でした。

暫らくして顔を上げると、何時もの師らしくニコニコと笑っていました。ただ、何時もと違っていたのは、目には涙が光っていたことです。
そして、師は最後の教えを説きました。

「もし、お前が、私との愛の誓いを
忘れなければ、私はお前と共にある。

もし、お前が愛によって生きるなら、
私の教えはお前とともにある。

私の教えは愛だけである。

愛こそが全てである。」

「さあ!行きなさい。お前の為すべき事はここでは無く日本にあるのだから!」

私はもう、あまりの極限状態で泣いていました。
師も、そして娘も泣いていました。
部屋全体を究極の愛が満たし、全てを輝かしていました。
これが答えなのだ。ということも理解出来ました。
その瞬間、私はそこで宇宙を経験していました。
そこでは全てが完璧でした。
これほどの愛が存在するでしょうか。
愛は意志のある生き物のようにそこに存在していました。
それは生き生きとして、それ以上のリアルなものは存在しないというくらい、リアリティに満ちたものでした。

しかし、程なくするとマーヤが再び発動し、この全ての経験が単なる記憶となってしまいました。

そして、この時を最後に今生で師に会うことはありませんでした。
しかし、その愛は私に受け継がれています。こうして、日本で生きながら、その愛は消えることも、また衰えることも無く、日々私の中で輝きを放っています。
焚き火の炎から飛び散る火の粉が新たなる炎を生み出すように、愛の火花はこうして伝承されて行くのです。


これが、愛の道標であり、稀有なる機会であり恩寵です。
その恩寵の為に為される努力こそが私達が為すべき努力です。
過去、沢山の修行者達がこの様な恩寵を通して、道を成し遂げてきました。
このような体験は現代においては確かに少なくなってきているかもしれません。
しかし、この様な師弟のやり取りは過去から現在まで、連綿と受け継がれてきていますし、これが、オーソドックスな道の次第です。
一般的社会に生きている人間に、愛の本質を理解することは不可能とは言わないまでも、大変困難なことです。何故ならば、愛そのものを生きている人を見つける事は難しいからです。
こういった修行経験を通して弟子として師から愛を伝達してもらった時、私達は愛というものを理解し始めるのです。
この伝統はあらゆる教えの中に、実際に生きています。

私は、これからの人類がこの様な体験を通して、真の価値ある経験を得られる機会に恵まれることを願い、そして、いつの日かその愛に飲み込まれる時が訪れる事を切に祈っています。
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by mikokoro-org | 2014-07-04 11:30 | 我が師